青蔵鉄道とチョモランマBC・
西遊旅行のツアー「青蔵鉄道で行くチョモランマBCとチベットヒマラヤの旅11日間」、2016.10/13~23 (10泊11日)でチョモランマBCを見に行きました。
添乗員員の方の熱血ぶりは感動ものでした。
総勢添乗員さんを入れ14名のツアーで行程の全てが乗り物移動でした。ツアーに参加された方のお話では総合移動距離(12,370Km)陸上(青蔵鉄道と小さなバス)で約3,900Km)でした。添乗員員の方の熱血ぶりは感動ものでした。
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Chomolungmaは何処(地図) エベレスト チベットでの行程 チベットでの写真 401枚
日付横の(かっこ)は朝の(パルスオキシメーター(血中酸素飽和度数計;spo2)計測値%)です。高山病には血圧も関係していそうで、症状が出た方々の最高血圧は許容値150より高くなっていたそうです。
13日(97%) 昼成田を中華東航空・JALの共同運航便(MU524)で上海へ(レートは悪いがJALにマイレージ)、上海で飛行機を乗り継いで西寧(せいねい)へ、バスでホテルに向かいチェックインは24時過ぎ。バスからの車窓は驚く光景が!工事中を含め高層ビルが立ち並ぶ都会でした。(新宿や最近の都市真っ青になりそうです。)
ツァイダム盆地の中頃には食堂車で夕食、デザート(やくのヨーグルトが美味しかった)。
夜遅くゴルムド(2,800m)では高地用機関車に交換する為停車。この後5,000m強の峠越えです。(この列車は、各コンパーメントに酸素吸入の設備もある様ですが、多分気圧制御が行き届いていたので高山病で辛そうな方は居なかった様です。)
「トイレ・洗面場が汚く使用するのが・・・」とのコメントが多くネットに有りましたが、何時行っても汚さは全く感じませんでした。奇異に思ったのはトイレ(大用)の流出口パイプが細く(直径5-7cm程度)、太いのだと・・・・、トイレットペーパーは側のゴミ箱へ入れる事です。まるで山小屋です。でも、お持ち帰り要請は出ないでしょう。
15日(88%) モーニング・ノックで起床、朝焼け風景をみて朝食。ニェンチャンタンラ山脈(7,147m)などを車窓より遠望し、何故か汽車が時間調整で終着駅「ラサ」手前で30分程時間調整です。
16日(82%) 1994年に世界遺産に登録された、ダライ・ラマの宮殿、ポタラ宮観光。コンクリートの無い時代に人力でこの壮大な宮殿を作れた:絶大な権力と信仰を集めていたことに驚きです。
17日(83%) 「ラサ」を後により奥地への移動が始まりギャンツェへ。 ヤルツァンボ川に沿ってバスを走らせ、途中から徐々に高度を上げ、カンパ・ラ(峠:4,990m)にてカメラ・トイレ休憩。チベット3大聖湖の一つ紺碧のヤムドゥク湖(4,441m)が広がっており、雲が結構綺麗でした。
カロ・ラ(峠:5,045m)ではカロ・ラ氷河が目の前にギャンツェで白居寺観光でしたが、外で休憩。消防車と乗員が作業をしていたのでカメラを向けたら、ガイドが軍人にカメラを向けるなと注意されました。中国では陸軍・海軍・空軍・消防も軍なのですかと思いましたが。「はい」、そしてチェックイン。
チベット(中国)では人の移動が厳しく管理されているらしく、バスには乗客向けと運転手向けに2台のモニターがあり、警察官(?)が(ラサ)から行程最後の町(ラサ)まで同乗し、且つ、50-100km毎にチェックポイントがあり通過時間を管理され、其処では全員下車してパスポートチェックを受けます。話によると安全運航と人の離散(逃散)防止の様です。
行程の最高地点のギャツォー・ラ(峠:5,220m)を過ぎるとヒマラヤ山脈が!そしてチョモランマもかすかに見え始めました。
政務、居室、歴代僧侶(ダライ・ラマXX聖など)のお墓が同じ屋根の下に有ります。
午後は2000年に世界遺産登録された大昭寺(ジョカン)観光。大昭寺は7世紀中期に創建された吐藩時代の寺院で屋根は黄金色に輝いています。
大昭寺を取り巻くパルコル(八角街)はチベット仏教徒にとっての憧れの巡礼路で、五体投地(最高の敬意を表す礼法、両膝・両肘・頭を地に着け,手と頭で相手の足を頂くようにする。)しながら進む信者も多々いました。観光客には仏具・民族製品のお土産屋さん街。ホテルの近くには美味しいパン屋さんが有りました。
17日(83%) 「ラサ」を後により奥地への移動が始まりギャンツェへ。 ヤルツァンボ川に沿ってバスを走らせ、途中から徐々に高度を上げ、カンパ・ラ(峠:4,990m)にてカメラ・トイレ休憩。チベット3大聖湖の一つ紺碧のヤムドゥク湖(4,441m)が広がっており、雲が結構綺麗でした。
バスの中でガイドの方の説明で驚きが有りました。チベットでお寺を幾つか見ましたが墓地が無い事に疑問が有りました。ポタラ宮には住居や執務地区の側の同じ屋根の下にお墓(高僧の)が有りましたが、寺院の側にお墓が無い事に疑問を持っていました。ガイドさんの説明では、鳥葬、水葬が普通に行われ土葬は疫病や特殊な事情の場合だけだそうです。多分高層地域(海抜。2,500~3,000m)で永久凍土地域が多い為か自然に返す意識の強さかも知れないと思います。(お金持ちは遺骸を小さく切り刻み鳥や魚が食べやすくするそうです。)
18日(90%) ギャンツ、エからシガツェ(標高3,920m)のタシルンポ寺観光しオールドティンリー(>300km先)ヘ向かいます。タシルンポ寺はダライ・ラマ1世によって1447年に創建され、歴代バンチェン・ラマが治める寺院だそうです。(日本の仏教、神社すら良く解らない私には、亡命したダライ・ラマチしか知らず良く解りません。)
行程の最高地点のギャツォー・ラ(峠:5,220m)を過ぎるとヒマラヤ山脈が!そしてチョモランマもかすかに見え始めました。
19日(81%) 朝早く起き、オールドティンリーのホテル前より朝日を受けるチョモランマ、チョーオユー(8,201m、世界第6位の高さ)を見てから出発しトン・ラ(峠:5,050m)へ向かって走り出しました。地平線の彼方に幾つもの山が見え始めましたが、突然の道路工事でもう少しというところでトン・ラに行ません。
下の写真は合成写真では有りません。砂埃を上げているのは大型トラックです。道路の先の黒い所は道路封鎖の工事車両です。トン・ラ(峠:5,050m)へ行けたらと残念です。
カメラはSonyα7Ⅱ、レンズは24-240mmで左はズームアップしました。
その先へ向かえず雲も出てきたので、少し手前の新しい展望台へ戻ったらカンペチン(7,281m)、シシヤパンマ(8,027m、世界第14位)等を遠望出来ました。
帰りにホテル傍のオールドティンリー展望台からチョモランマ、ギャチュンカン(7,952m)、チョーオユー(8,201m)、チョーアウイ(7,352m)、チョークプサン(6,666m)、ラプチカン(7,312m)等がここでも遠望出来ました。下の写真は合成写真では有りません。砂埃を上げているのは大型トラックです。道路の先の黒い所は道路封鎖の工事車両です。トン・ラ(峠:5,050m)へ行けたらと残念です。
カメラはSonyα7Ⅱ、レンズは24-240mmで左はズームアップしました。
20日(82%) 今日はチョモランマBCへ。
早朝、ホテルを出発してギャウ・ラ(峠:5,100m)に到着した時(氷点下9°C)空には星が輝いていました。特別輝いていた星はカノープス(南極老人星)と言っていた方が居ました。写真クリックで別画面表示になり星がはっきり見えます。何方かカノープスか否か教えて頂けると嬉しいのですが。

撮影: 2016/10/20 7:42 チベット
ギャウ・ラ峠:5,100m
早朝、ホテルを出発してギャウ・ラ(峠:5,100m)に到着した時(氷点下9°C)空には星が輝いていました。特別輝いていた星はカノープス(南極老人星)と言っていた方が居ました。写真クリックで別画面表示になり星がはっきり見えます。何方かカノープスか否か教えて頂けると嬉しいのですが。

撮影: 2016/10/20 7:42 チベット
ギャウ・ラ峠:5,100m
7時40分頃から太陽が差し始め、徐々に光が当り黄金色に。途中カメラストップをしマカルー(8,463m、世界第5位)、ローツェ(8,516m、世界第4位)、チョモランマ、チョーオユー、シシヤパンマの8,000m五座を遠望出来ました。
一寸残念だったのは仰ぎ見るほど近くなかったことです。でも、一寸望遠で覗けば人が見えると言いたくなりそうな距離です。圧巻で声も出ずでした。22日(92%) 暗いうちにシガツェを出て5時間、ラサの空港へ。ラサの直前で黒豚のハンバーガー昼食。パイ生地ハンバーガーで美味しかった。
中華東方航空にてラサから西安経由で上海へ向かう予定でしたが、ラサゴンカル国際空港を少し送れて出発し18:50に西安へ到着しました。乗るはずの上海行きはずっとdelay表示。深夜過ぎにようやく canceledとなり、航空会社提供のホテルには夜中2:00過ぎ?にチェックインしました。
23日(98%) 夜中2:00過ぎ?にチェックインしたホテルを今日の座席確保のために早朝5:20に出発し、添乗員さんの奮闘で座席確保が出来10:50に上海浦東国際空港に到着。成田行きから羽田行きへ変更して貰い、何とか帰国予定日に東京へ帰れました。


